- THE JOURNAL

November 24th, 2015

Sentiments of Paris

初めてパリに着いた日はニューヨークからのフライトだった。合理的な空港から革新的な空港へ着いた時には国の違いを改めて感じたものだ。パイプのようなエスカレーターはまさしく「オシャレ」な世界への入口を予感させた。挨拶以外の覚えた言葉はUn carnet , s’il vous plait.だけ。

その頃のファッション業界はパリに向いていた。アメリカのブランドもある程度紹介され、違う何かを探していた。そこにパリのファッションはピッタリとはまったように日本で紹介されだした。バブルに向かって新しいヒーロー、ヒロインを欲していたから綺麗なパステルカラーも、新しいシルエットも素敵に見えた。フレンチトラッドやらBCBGやら見たこと聞いたことのないモノが目白押しだった時代である。

セーヌ川を歩いて渡り閑静な住宅地に今ではあまり訪れることのない16区に、パッシーと呼ばれるエリアがある。ちょうどセーヌ川を挟んで対岸にエッフェル塔があるその高級な住宅街に、小粋な店が沢山あった。住宅街に洋服屋があるというのがパリらしいところで、生活の中に洋服が溶け込んでいるように見えた。大きなスペースを取りにくいパリは区割りの特徴もあり小さな店が多く個性的なオーナーがお店にいて接客してくれるのだが、外国人ということからなのか何なのか、コミュニケーションが取りにくい。英語も話してくれず、棚にある商品を触れば叱られるというエピソードもあるが、それ以上に刺激的なお店があった。パリとはいえ本来オーセンティックな街で日本とそんなに変わらない(と思う)。そんな中異彩を漂わせたお店があった。個性的な品揃え、同じ形のセーターを何十色も陳列され、コンセプトも新しさを感じさせた。商品の一つ一つが違うのではなく、見せ方、合わせ方が違う。もっと言えば考え方が違う。それだけで全く違う店に見えたからただただ感心する自分がいた。そうなのだ、アメリカ物の洋服からお店作りをしてきた者には,表現できないお店がその当時のパリだ。特に違って見せたのは色使いでピンクにオレンヂなんて合わせをしていた。それが新鮮に見え洋服の価値、可能性が何倍にも感じた。これで価値観が大きく変わり幅が広がった。変わらないこだわりを変わるこだわりに、新しいコトを受け入れる力に。

パリの出張を機に、変化していく時代が急に目の前に広がった。本当はそうではなく気がついただけなのだが。持っていた洋服の使い方が解り、急に好きになるみたいなことです。

それから早二十数年経ちパリは変わった。勿論変わっていないところは沢山ある。カフェのクロワッサンも美味しいし街並みは美しい。この町の美しさに知り合いのニューヨーカーは太鼓判を推す。しかし、長い時間を経て今、その個性はわかりにくくなっているかもしれない。洋服に求められるキイワードが変わってきているからだろう。それは自身も価値観が変わるように、世の中も変わる。なくてはならないものから趣向品へ。ファッションは動いている。