- EDITOR’S PICS

June 15th, 2015

プリミティブな贅沢。

皆様はイタリアのチンクエチェントというクルマをご存知だろうか。
友人Tの愛車であるクラッシックなこのクルマ、
「アン王女にクラリス姫、お姫さまに縁があるからワタシけっこう好きかも。」
という私のことばが気に入ったようで、ここ最近のお迎えはいつもこの“チンク”だったりする。
このジャンルについてはまったくど素人の私にも、このクルマがいかに原始的なものか、見ればわかる。
自転車みたいな造りだなー、などとさえ思う。
「クルマが仕事」であるTのガレージにはほかにもいくつか並んでいるけれど、
チンクの運転席で口笛を吹いているかのじょは、ことさら気持ち良さそうに見える。

HB1

ではバイケリーにはなにが並んでいるかというと、ランバンにバレンシアガ、ドリスヴァンノッテン__
当代きってのパリモードである。
うつくしくて華やか。女性らしくスタイリッシュで、そして何よりエキサイティング。
そんなそれらとは趣を異とするのが、エンリーベグリンである。

ただ革を、切って、縫っただけ。
そんなふうに見えるベグリンへの愛着は、経験を増すほど、さまざまな種類の洗練を知るほどに、深まっていくような気がしている。
ただ革を「切って」「縫った」だけだから、使い勝手の想像は容易につくだろう。ステイタスともほど遠い。
それでもなぜ、エンリーベグリンに惹かれてならないのだろう。

ベグリンを身につけていると、デニムで散歩しているような気分になる。
着古した綿のシャツ、でもいい。
それらシンプルで原始的なアイテムとつき合っているときの、素直でなににもとらわれない“自由”という贅沢が、
わたしを最高に心地よくさせるのだ。

豪華で華やか、完璧にオーガナイズされたパリモードとはまったく違う、もっとダウントゥアースな__地に足のついた、おおらかなよろこびを、ベグリンはわたしたちに思い出させてくれる。でもそれはパリモードの深淵を知り、味わったからこそのことで、どちらがどうということは、全くない。むしろ両者の重なりが生むケミストリーは、また別な部分の感性を刺激してくれるからたまらなく好きだ。

ベグリンの、自由な贅沢を噛みしめるとき思い浮かぶTの横顔。
ゆったりとまろやかな表情を浮かべるかのじょがチンクの車窓から見ていたのは、
そんな生の、プリミティブが見せてくれる風景なのかもしれない。

チンクエチェントとエンリーベグリン。
ふたつを生んだイタリアの意匠__パリのそれとはまた違う奥深さを感じに、久々に彼の地を訪れてみたいと思う日々である。